大住力 × 田中章生 ソコリキ対談 “クロストーク” 第1回|「役に立ちたい」だけが、動機でした

2026年6月、新潟・舞子スノーリゾート。

ウィッシュ・バケーション活動報告会のその日、Hope & Wish代表理事・大住力は、株式会社ホスピタリティオペレーションズ代表取締役・田中章生さんとお時間を共にしました。

大住が続けている「経営者の歩みを聞く」シリーズの一環です。経営者が何を動機に生き、何を社会に残そうとしているのかを、ダイアログの中から共に見つめていく試みです。

大住はこう切り出しました。

「田中さんの歩みをうかがいたいんです。今回は、経営者としてではなく、一人の人間として。何を残して、生きていきたいのか」

田中さんは、静かに頷き、お話をしてくださいました。


岡山の野山で育った少年

田中章生さんは今年59歳、来年還暦を迎えます。

出身は岡山県倉敷市——かつての吉備郡真備町。

平成30年の西日本豪雨で町域の3分の1が浸水した地域です。

両親はともに教師でした。

父は高校の英語教師、母は幼稚園の園長先生。

祖父母を含めた3世代6人がひとつ屋根の下に暮らす家でした。

母親は園のリーダー的役割もあって多忙でしたが、父親はよく面倒を見てくれたといいます。

田中さんが病気になれば学校を休んで病院へ連れて行き、野球の練習があれば毎日バッティングセンターへ付き合ってくれました。

幼少期の田中さんは、時間があれば外へ飛び出しました。田んぼ、川、野原——虫を捕り、魚を釣り、高学年になるとスポーツ少年団で野球に打ち込みました。

1冊の本を読んで1日を過ごすような姉(現在、大阪で弁護士)とは、対照的な子ども時代でした。

転機は、中学受験でした。

本人が望んだわけではありませんでしたが、ご両親のご助言もあり受験し、合格。実家から片道1時間かかる中高一貫校へ通うことになり、地元の友人たちと離れました。

中学・高校の6年間は「勉強しなさい」という圧力が強く、少しご両親との距離ができてしまったこともあったとか・・・。

「高校の3年間は、ずっと早く実家を出たいと思っていました」

18歳で上京し、一人暮らしを始めました。

30種類のアルバイトが、教えてくれたこと

大学時代、田中さんは「将来どんな仕事がしたいのか」を探すために、30種類ものアルバイトを経験したといいます。

そのなかで最も長続きしたのが、ホテルの宴会サービス(2年間)と、スキー場ロッジへの住み込み(3シーズン)でした。

宴会場で婚礼や披露宴のサービスをしながら、「感動のおすそ分けをもらう」体験を重ねました。

スキー場では、90日から100日、休みなく館内の仕事全般をこなしながら、隙間時間にスキーを滑りました。

「好きだと思ったことを、そのまま仕事にできているのは、とても幸せです」

田中さんが今経営するのは、ホテルとスキー場です。

あの頃のアルバイト体験が、まっすぐ今日(こんにち)につながっています。

田中さんは「30種類やった」とさらっとおっしゃいましたが、その語り口に自慢の色はまったくありません。

自分が何を好きなのかを確かめるために、ひたむきに、ただ、ひたすら体を動かした青年の姿が、そこに映されました。

好きなことを仕事にした、というよりも、好きなことを体験の積み重ねの中から見つけた——そういうまっすぐな眼差しが、田中さんの言葉の根っこにあるのだと思いました。

「誰かの役に立ちたい」——それだけが、動機でした

新卒でマンションデベロッパー・大京に入社し、外資系不動産投資会社へのキャリアチェンジを経て、21年前に独立——田中さんの歩みは、常に「自分で次を決める」という意志に貫かれています。

そんな田中さんが、会社員時代にのめり込んだのが「カヤック」でした。入社1年目から始め、週末には多摩川上流でカヤックスクールを主宰するほどになりました。

スクールを続けるうちに、あることに気づきました。

「カヤックって、水上の車椅子だなと思うようになって・・・」

上半身だけで水面を自由に移動できる。当時、国内にカヤックスクールはいくつかありましたが、障がいのある方へのサービスを提供しているところはどこにもありませんでした。田中さんは、障がい者向けカヤックスクールを構想し始めます。

ここで、大住が問いかけました。

「極論からおうかがいをすると、ニッチだから儲かると考えたのか、世の中にそういう人がいるから役に立ちたいと思ったのか。田中さんの中で一番強かったのは何ですか」

田中さんは答えました。

「ただ、誰かの役に立ちたい・・・、という気持ちですね」

採算よりも社会貢献が動機だったと、田中さんは言い切りました。

その夢は、現在も会社のスタッフ・稲治さんが中心となって障がい者の方とご家族のためのスキースクールを運営してくれており、「間接的には夢が叶っている」と田中さんは言います。


【編集室から】

大住の問いは、一見シンプルなものでした。

「儲かるのか、役に立ちたいのか」——その2択に、田中さんは迷わず答えました。

Hope & Wishが「応援」という言葉に込めているもの——見返りを求めず、ただ誰かのために動き続けること——と、田中さんのこの答えは、根本で深く通じています。

どんな動機・どんな価値観を大切に生きているのかを問うことは、その人が何者であるかを問うことと、同じことなのかもしれません。

次回・第2回|「楽しく、真面目に、真剣に」へ続きます

取材・文|Hope & Wish 編集室撮影|舞子スノーリゾート(2026年6月19日)

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