
2026年3月21日。その日が結婚記念日だと、庸介さんは一昨日まで忘れていた。
「一昨日まで忘れてました」と笑いながら言う庸介さんの隣で、亜由美さんも笑っている。17年前の同じ日、深夜まで仕事をしながら、下北の漫画喫茶で二人並んで婚姻届を書いた。区役所に持っていったら訂正印だらけになった。それが、このふたりの始まりだった。
千尋ちゃんは、2013年4月24日に生まれた。
4ヶ月ごろから、亜由美さんは気づいていた。首座りが少し不安定。体幹がなんとなく頼りない。「普通がいい、普通であってほしい」という気持ちを抱えたまま、検索し続けた日々があった。
小学校入学前、アンジェルマン症候群と診断が確定した。
庸介さんに「目の前が真っ暗になった」瞬間はなかった。亜由美さんがずっと心配してきたのを隣で見てきたから、「ママが正しかった」という気持ちだけが先に来た。成人したら一緒に酒を飲もうという「ありがちな妄想」が実現しないと知ったとき、それだけはショックだったと言う。でも、すぐに問い直した。
「いかに3人が楽しく毎日を過ごせるか。それが一番大事」

亜由美さんの転機は、特別支援学校への入学だった。
それまでは「うちだけ特別」という感覚がどこかにあった。特別支援学校で同じ境遇の家族と出会い、「みんな同じ」に変わった。分かち合える場所ができた。心が軽くなった。
庸介さんの一言も、亜由美さんを変えた。「千尋に障害があったら、千尋のことを可愛くないの?」。真面目な顔で言われた。「そうか、千尋は千尋なんだ」と思った。

庸介さんは今年5月、世田谷区に重症心身障害児向けの事業所を開所する。
「すみません、すみません」と言いながら生きている障害児の家族を、庸介さんは見てきた。腑に落ちない。みんな同じだけ幸せになる権利がある。おしゃれしていい。美味しいものを食べていい。好きなところに行けばいい。
「お願いします、と下から来るんじゃなくて、対等な立場で握手できる事業所にしたい」
失敗してきた。遠回りもした。でも、そのたびに問い直してきた。千尋ちゃんの笑顔を守り続けることが自分の役目だと、亜由美さんは言う。思春期に入り笑顔は少し減ったけれど、それでも笑う。「楽しいふうふのところに来てくれた」から笑うのだと。

2026年3月21日、ウィッシュバケーション最終日。色紙に、それぞれがこう書いた。
失敗しないと成功しない ——廣瀬 庸介
廣瀬家はいつもニコニコ☺ ——廣瀬 亜由美



